いつから米朝会談は合意できると錯覚していた?

合意なんて出来るわけないじゃない、って素人ながら思っていました。
注目度が高かったでしょうから、各社新聞やニュースサイトで大々的に報じられることは仕方がないと思いますけれども「なにが悪かったのか」的な考察に意味はないように感じています。
昨年の6月の米朝首脳会談以降、実際には何一つ変わっていないどころか、そもそも最初から二カ国の利害が一致していないように思えるからです。

それを踏まえた上で、北朝鮮(韓国)側の思惑(経済制裁解除)がなぜ外れたのか、私なりに雑感を述べてみたいと思います。



対象的な二カ国の報道

韓国の報道を見ていると会談前の楽観報道が凄まじいです。
まるで終戦宣言で会談の幕が閉じるかのような前祝いっぷりでした。
(会談が物別れに終わった途端、悲観的な報道になりましたけれども)

一方の米国側の事前報道は、トランプ大統領が実績欲しさに大幅譲歩するのではないか、という悲観的なものが目立ちました。
会談終了後は逆に、弱腰にならなかったという点が高く評価されているようです。

個人的に、トランプ大統領陣営は事前にこうなることを予測していただろうと思っています。そして効果的に利用したのだろうと。

北朝鮮の核開発の実態が何一つ変わっていないというのは、米国防総省の調査結果ですし、大統領にはプレスリリース以上の詳細が上がっているはずです。
核開発凍結の合意が得られないことは百も承知だったはずです。
米国側の要求が通らない状態での合意を突っぱねることで、米国人の大好きな強いアメリを演出することができます。
政治家というより、やはりビジネスマンらしい手腕を感じさせます。


交渉文化の違い

メンツの文化 vs 契約文化

面子(メンツ)という考え方は日本にもあるので、わざわざ説明するまでもないと思いますが、どうも大陸文化におけるメンツは日本で考えられる以上に意味の大きなもののようです。
半島での具体例がちょっと思いつかなかったので、近い中国での例ですが、中国人が行う爆買いも実はメンツが関わっているそうです。

中国人にとって海外旅行が一般的になったのは最近のことです。
子供世代が日本旅行に行くことになると親や親戚が知り合いや近所の人に触れて回るそうです。
不思議な感じですが、そうすることで子供が立派に育って日本旅行に行けるほどの経済力をつけたということで親のメンツが立つと考えるのだそうです。
そして、中国人のメンツはバランスが大切だそうで自分のメンツを立てた後は相手のメンツを立てる必要があるので、そのためにお土産を用意するのだとか。

半島でのメンツの考え方もこれとよく似ています。
※これは地位が同位の場合の話です。地位の上下がある場合は、低い方が高い方を一方的に立てるのが「礼儀」とされます。
日本は相手を立てるために自分が引く(謙遜)することで相手のメンツを立てますが、大陸/半島ではまず自分を押し上げ、それから相手も同位へ押し上げるようにします。


今回、北朝鮮側が用意したお土産は米朝首脳会談という華々しい舞台とノーベル平和賞の可能性というものでしょう。
それで米国側のメンツを立てたのだから、次はこちらのメンツを立てる番と思っていた可能性があります。

それが制裁解除だったわけですが、残念ながらアメリカという国はメンツの国ではなく契約文化の国です。

昨年6月の米朝首脳会談において、両国は共同声明を発表しています。
これは法的拘束力は持ちませんが、会議の内容や合意事項を交わした正式な外交文書です。契約です。

ここで交わされた契約=約束を果たさずして米国側が妥協することはない、ということを読み違えたのではないかと思います。
恐らく自分たちの交渉文化ではメンツを立てあって鉾を収めるという無意識の価値判断基準でもって米国との交渉に臨んだのではないでしょうか。


価値基準、文化圏の異なる相手との交渉の難しさを垣間見ることが出来たと思います。
ここから日本が学べることは沢山ありそうです。