日本に対する韓国の態度というのは強硬です。
最近だと、日本企業への徴用工賠償命令に関しても戦犯企業ステッカーもそうです。
とにかく強気に出てきます。
日本以外の国が相手だったら、果たしてここまでやるでしょうか?
これらの態度に関して、今まで耳にしてきた意見として
などなど…。
どれもそれなりに説得力があるのですけれども、それだけではここまで強硬な態度の説明は付かないように思うのです。
恐らく、根底にはこれらの理由があると思うのですが、関係の修復が必要な段階になっても矛を収められない、あるいは日本側の反発を予見できないのにはもっと別の理由があるように思えます。
で、今回の韓国経済新聞さんのコラムなのですが…韓国の「知日派」と言われる人たちの、そもそもの 「対日観」が間違っているのじゃないかという可能性 です。
その間違った「対日観」を元に日本へ対応をしているから齟齬が生じているのじゃないでしょうか。
問題のコラム
「『反日』と『嫌韓』の間」と題したコラムで、韓国側の徴用工賠償判決による日本企業の資産差し押さえと、それに対する日本側の報復報道になどに触れつつ、その解決策を模索する方法について書かれています。
ざっくり概要を説明しますと…
日本は実利を重視する 「陽明学的思考」日本は勝者が正義という形で生存を重視する日本は過去を流れてきた歴史と認識
このように両国の考え方の違いを指摘しています。
その上で、両者の違いを知ってこそ解決策が見つかる、というのです。
違和感を感じる「日本観」
私は日本人ですから、ここで説明されている韓国的思考がどの程度的を得ているのか判断できません。
ただ、ぼんやり持っている儒教的思想や韓国(北朝鮮含む)らしいモノの考え方や、韓国でよく使われる 「歴史を正す」 や 「正義」 という言葉をやたら好むところ、またキリスト教が一定の支持を得ている(善神勝利一元論と相性が良い)ようすを見ると、納得できる見立てに思えます。
ところが日本に対しては違和感を感じます。
「日本は過去を流れてきた歴史と認識」、まあこれは良いと思います。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらじ」というのは、日本人の歴史を含めた時間感覚をよく表す一節だと思います。
問題は「日本は勝者が正義という形で生存を重視する」というところです。
恐らく、これは戦国時代のありようを指してこのように主張されているのだと思います。 織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などの所謂「天下人」の有り様を「勝者=正義」としているのではないかと…。
日本がある意味「生存を重視する」というのはその通りです。
「家」という単位での生存を非常に重視するところがあります。
江戸時代には一般庶民にもその価値観は拡がっており、実子が居ない場合、「家」を継がせるのに養子を入れることもよく行われていました。
「血」の繋がりより「家」としての単位が重要視されていたからです。
戦国時代に、それぞれの武家が考えていたことは「いかに自分の家を残すか」ということです。
「勝者=正義」として与する陣営を決めていたわけではありません。(その最たる例が真田家の生き残り戦略です)
先祖から受け継いだ「家」の流れを途切れさせないことが重要だったということです。
歴史を「正義」「悪」で判断しようとするのは、ひどく日本的でない、という印象を受けます。
どちらかというと韓国の価値基準のように思います。
彼らはすぐに「歴史を正す」という表現を使います。
それに、何か外交の上で韓国に不利な状況になると「国に力がないからだ」という発想になります。
それは 「力があるものが正義」という認識が根底にあるからではないでしょうか?
日本人にとって、歴史は「解釈の仕方によって新しい見方」が出来ることはあっても決して「正せる」ものでも「立て直せる」ものでもありません。
もし韓国側が日本は「勝者=正義」という目で見ているなら…
「日本は『勝者=正義』という価値基準を持っている」という韓国側思い込んで日本への対応を決めていると仮定します。
そうすると、この強硬姿勢の理由が説明できるように思えます。
つまり強気に出て力でねじ伏せれば、それを正しいこと認めるだろうと思っている可能性です。
もしも万が一にも、韓国側が政府レベルでこの対日観を持って日本との外交戦略を立てているのであれば、未来的思考など不可能です。
コラムを書いたのは
このコラムを書いたのは韓国経済新聞さんの論説委の人ですが、韓国/日本の思考の違いについては、金容雲(キム・ヨンウン) さんという人の意見です。
キムさんの経歴を見ますと、出身は戦前の東京だそうです。
戦後、半島に帰国し朝鮮戦争を経て米国、カナダへ留学、1969年から漢陽大学教授に就任しています。
記事中で「日本と韓国で教授を務めた」と紹介されていますが、日本では国際日本文化研究センターの客員教授だったようです。
日本の大学で教鞭を取ったという経歴はありません。国外在住の客員教授ということでしょう。
所属期間は1993年6月1日から同年11月30日まで、約半年です。
※余談ですが、国際日本文化研究センターには新元号「令和」の発案者では、と一部で噂されている中西先生が名誉教授として名を連ねています。
著作には日韓の歴史・文化に関するものが多く 「日本語は百済語」、 「日本文化はすべて古代朝鮮が起源である」というかなり極端な主張をされているようです。
「知日派」とされる方のようなのですが、著作や経歴を見る限り疑わしいです。
日本で生まれただけで韓国人は「知日派」になるんでしょうかね?
日本で生まれ育ったことは「日本に詳しい」という理由にも証拠にもなりません。
日本人だって日本のことに詳しいとは言い切れませんしね。
積極的に触れなければ、自分の周囲の狭い常識だけが全てです。ご家庭内のマイ・ルールが世間一般の常識であるかのような誤解も生じます。
もちろん、この記事一つをとって「全ての韓国人の対日観に誤解がある」と言うつもりはありません。
でも私の目にはこのキムさんの主張は「自分の日本観は正しい、なぜなら日本で生まれ育ったから」という理由にならない理由で自分の思い込みを押し通しているただの韓国人に見えます。
ジャパンスクールは没落したらしいですから、この手の話を聞いて「分かった」気になる政策担当者はそれなりに居るのではないでしょうか。