「韓国が自力で近代国家を樹立できたという仮定は歴史的合理性に欠ける」という話

韓国で実しやかに信じられている「自力近代化可能神話」を「根拠がない」とバッサリ切り捨てる記事があったので紹介します。
比較歴史文化研究所の教授へのインタビュー記事です。

 



朝鮮日報の記事からです。

「土着倭寇レッテルが『アカ』より暴力的だ」


「『土着倭寇』という単語は以前の『アカ』よりも暴力的だ。土着倭寇と口にする瞬間、『パブロフの犬』のように親日派たちがウヨウヨする時空間が思い浮かぶ。多くの人々が日常を営んだ植民地の現実をまともに見られないよう阻害する」

日帝の植民地期を研究するユン・ヘドン(63・漢陽大比較歴史文化研究所)教授はムン・ジェイン政権時に流行した「土着倭寇」に気がかりが多い。今、韓国社会に存在しない敵(親日派)を作り、その敵と闘うとして権力維持の道徳的正当性を掲げる「進歩勢力」に幻滅を感じたとも述べた。何よりも陣営を分け合理的思考と理解を妨げる扇動で学界と知識社会を麻痺させ、知的基盤を弱化させるのが問題だ。

(中略)

◇「植民地になっていなければ先進的な近代国家を樹立?根拠のない話」

朝鮮総督府は韓国人が認めたくない日帝の暴圧的支配機構ではないか。

「当時、総督府韓半島で唯一の権力機構だった。立法、司法、行政分野で植民地朝鮮の近代的経済と社会を作り上げた主体だった。李王職、朝鮮軍朝鮮銀行は総督の管轄外にあり、日本のための統治機構であることは明らかだが総督府が35年間朝鮮を統治し導いてきた権力機構であることは否定できない」

ー ここ数年、日帝植民支配の暴力と圧力を強調するために「日帝強占期」という用語まで登場した。

「世界の学界で合意された名称は植民地時代だ。強占は学問的用語ではなく感性を刺激する扇動に近い。教科書までこのような用語を使うのは問題が多い。グーグルデータベースの調査によると、2000年代に入って植民地権力機構を『植民地国家』と呼ぶのが一般的だ」

日帝植民支配は韓国人に拭えない挫折と劣等感を与えた。日帝の侵略がなければ私たちの力で近代国家を建設し分断もなされなかったという認識が拡がっている。

「19世紀に地政学的利点を活用し西欧帝国主義の植民支配を受けなかった国がある。タイやネパール、アフガニスタンエチオピアなどだ。現在、アフガニスタンエチオピアは戦争中でネパールは政情が不安定な貧困国家だ。タイはまだましだが、クーデターが周期的に発生する。韓国が植民地にならなかったら順調に近代国家を樹立できたという仮定は歴史的合理性に欠ける。まして先進国になったという暗黙の前提は成立し難い」

(中略)

ー 韓国が20世紀に入って植民支配と分断、戦争という類例の無い過酷な試練を経験した、という認識が強い。
「私たちだけが植民地になったわけでもなく、私たちよりも過酷に戦争と虐さつを経験した国が多い。韓国だけが類例のない犠牲と苦難の民族史を持ったという『韓国例外主義』は歴史的事実符合しない。このような例外主義は犠牲と苦難を強調する点でほとんどの民族主義に共通している。しかし外部の見方では共感ににくい時が多い。先進国の待遇を受ける国の政権勢力が『竹槍歌』ばかり歌っていれば、これがどのように見えるだろうか」

(中略)

ー 解放直後、左右対立と分断のため大韓民国は出発から誤った国家と考え学校でもそのように教える教師が多い。

国民国家樹立の失敗を韓国史の近代履行に表れた最も重要な特徴として書いた本が多い。分断を理由に大韓民国を何かが抜けている『欠陥国家』と見なしたりもする。現代史教育をどうすべきかは答えが無い。1980年代に偏った歴史観に染まった586世代が退き、新しい世代が登場するのを待つしか無いのではないか」



朝鮮日報「“토착 왜구 프레임이 ‘빨갱이’보다 더 폭력적이다”(「土着倭寇レッテルが『アカ』より暴力的だ」)」より一部抜粋

「存在しない敵(親日派)を作り、その敵と闘う」というのは、進歩勢力に限らず韓国では保守勢力もずっとやってきた手法ですね。なので正直、今に始まったことではないし、目新しい指摘でもありません。が、指摘できるだけ真っ当なのかもしれません。

朝鮮が自力で近代化できなかったことを説明するのにアフガニスタンなど他国の事例を持ち出すまでもありません。
当時の朝鮮は既に経済破綻していました。それだけで自力での近代化が無理だったのは明らかです。
日本に併合されていなければ間違いなくロシアの支配を受けていたでしょう。どっちが良かったかは分かりません。



以下はこの記事のコメントです。ポータルではなく、朝鮮日報のサイトに付いたコメントなので保守色の濃い意見が多いと思われます。

「『共産主義者』は実存の歴史だ。6.25戦争*1を経験し、別名『腕章部隊』があった。平和に暮らしていたある近所の住民たちの中に人民軍が立ち寄ると突然、腕章をつけて現れた人たち、下男が鎌で主人を殺◯し、普段から仲のよくなかった隣人たちを害した歴史を私たちは知っている。ところが土着倭寇とは、この共産主義者らが作り出した虚構のフレームに過ぎない。土着倭寇を云々言う者が共産主義者だと考えればいいだろう」(共感325 非共感4)

「とても妥当な文章です。6.25戦争勃発から左派勢力が『土着倭寇』という仮面を被せて赤い腕章を付けて竹槍とスコップ、ツルハシでどれほど多くの無辜の同族を殺◯したのか、私たちは暗い歴史の隅々を見てきた。私たちはこの勢力が今日の従北左派の元祖だと理解している。現在まで自由民主主義は彼らと戦っているという事実を年配者は理解しなければならない」(共感243 非共感6)

「腕章」について補足しておきます。
これは「日帝残滓」ではありません。むしろ日本併合時にはバスガイドなども付けているようなありふれたものだったそうです。変わったのは独立後です。

1960年、李承晩政権は政権維持のために大規模な不正選挙を実施しました。腕章を身に着けた官憲や与党党員を大量動員して投票所に派遣し、有権者にプレッシャーを与えるというやり方です。
1961年のクーデター当時には、ソウルに進駐した軍人が「革命軍」の腕章をしていました。
他にもいくつか事例はありますが、いずれにおいても政治・理念の対立で「味方(ウリ)」と「敵(ナム)」に分ける視覚的・権威的アイテムとして腕章が大きな役割を果たしてきたわけです。
最近ではこうした見方は薄れてきているようですけれど、NAVER国語辞典には「腕章文化(완장 문화):権威意識や特権意識で他を治めたり支配する風潮が蔓延している社会の文化を例える言葉」との記載があります。