「儒教」と「儒学」の違いの話

元号の出典が国書(くにつふみ)の古典である「万葉集」から、という報道が韓国でも盛んに行われたようです。
そのためか、韓国経済新聞さんが「【コラム】韓日中古典の光と影」で日韓の古典について触れています。
中央日報さんの日本語サイトに掲載されています。


タイトルは「韓日中」となっていますが、中国の話はほとんど出てきません。
「古典」となっていますが、ようは「儒教思想」の話です。
ですので、儒教思想発祥の地として形式的に中国を入れているだけで、内容は「日韓における儒教の発展の違い」と言った感じです。


日韓の違い


記事中で触れられている違いは、主に朱子学に対するスタンスの違いです。

朱子学とは儒学の一派で、12世紀ころに南宋朱熹が再構築した体系です。
ざっくり言うと「人間や物には先天的に存在する『理』がある」とするものです。


韓国(朝鮮時代)について、「学者は経典原本よりも朱子の解釈を重視した。朱子の教理と違うように解釈すれば斯文乱賊とされた」としています。
他方日本では「朱子学を受け入れながらも朝鮮より自由で実用的な方向に転換した。」とし、具体的な解釈の違いをいくつか紹介し、「同じ古典でも受け入れて活用する方法によって結果が変わる。」と、この解釈の違いが日本の近代化が早かった理由の一つとしています。


同じものを見ても、人によって解釈が変わる、というのは当然のことですね。
「事実」と「真実」の違いにも通じるところがあります。


「宗教」と「学問」の違い


面白いコラムではあるのですが、残念なことに日韓における最大の違いについては、何故か一言も言及されていません。
(まさか知らないんでしょうか…?そんなはずは無いと思いますが…)


儒教」と「儒学」は意識的に区別して使われることがあります。
個人的には、中国や韓国に関して言及する際は「儒教」、日本に関しては「儒学」を使うようにしています。

なぜかというと、儒教孔子を神とした宗教だからです。
儒学はその思想を学問的側面から見た場合を言います。


実際、李氏朝鮮時代には儒教は国教でした。それ以前は仏教です。でも儒教が国教となって以後、徹底的に弾圧されました。
日本では、あくまで学問として広がりました。


宗教と学問の違いというのは大きいです。
上記のコラムの中でも朝鮮時代には「教理と違うように解釈すれば斯文乱賊とされた」とあります。
教義に疑問を差し挟むことが出来ないのが宗教です。


日本と韓国の違いは「同じ古典(朱子学)を受け入れた」でも 「社会で果たした役割(宗教/学問)が違った」 だから「活用方法も違った」「結果が変わった」ということです。


近代化云々に関して更に言うと、明治維新の精神的指導者となった吉田松陰や、高杉晋作西郷隆盛らは朱子学ではなく陽明学だったらしいです。
「教理の解釈の自由度」だけではなく、「思想学問を受け入れる自由度」という素地があったからこその近代化です。
要因は一つではありません。


【余談】「令和」の出典


ところで「令和」の出典が「万葉集」ではなく、更に古い中国の「文選(もんせん)」だという指摘が出ていますね。
だから「令和」は中国古典からの孫引きになる、とか。


正直、どうでも良いと思います。例え初出が中国の古典であろうと。
「令和」の元となった梅花の歌三十二首の序を誰が書いたかは不明ですが(山上憶良ではないか説)、「文選」から引いたことは明記されていません。

それに候補に「令和」が上げられたのは「文選」からではなく「万葉集」からです。
それを以て、出典は国書(つにつふみ)「万葉集」で全く問題ないと思います。