【バンダーさん】「紙幣の人物だけ見ても分かる韓国の過去志向的習性」の話

4月28日付けのものです。この日の投稿分はこれが最後になります。

 



趙甲濟ドットコムよりバンダービルドさんのコラムから「紙幣の人物だけ見ても分かる韓国の過去志向的習性」です。

紙幣の人物だけ見ても分かる韓国の過去志向的習性


日本紙幣の人物たちは共通点が「近代化」なら、韓国紙幣の人物たちが持つ共通点は「奴婢」である。

<2021.10.26 JB Press(バンダービルド寄稿)>

ムン・ジェイン大統領は2021年3・1節および光復節(8月15日)記念辞で日本に向けてこのように言及した。

「過去に足首を掴まれているわけにはいきません...未来志向的な発展にさらに力を入れるべきです」(3・1節)

「韓日両国は国交正常化以後、長い間民主主義と市場経済という共通の価値観を基盤とし...経済成長を共に成し遂げることが出来ました。これからも両国が共に歩むべき方向です」(光復節

韓国は暇さえあれば日本に向かって「未来志向的発展」を強調する。しかし、韓国が実際に示す行動は「過去思考的退行」である。ムン・ジェイン大統領は同年10月15日、韓日首脳電話会談で岸田総理にこう要求した。

「1965年の韓日請求権協定の適用範囲に対する法的解釈の差異が存在する。外交的解法を模索しなければならない。生存している(慰安婦)被害者が13名なので解決に使える時間が多くない」

韓日請求権協定と別個で、日本は慰安婦問題と関連して韓国の被害者たちが満足するまで絶えず謝罪して補償しなければならないという話である。請求権協定(1965年)、河野談話(1993年)、慰安婦問題合意(2015年)にも関わらず、また慰安婦問題を取り上げたのである。韓国は随時、国家間の約束を破り問題を拡大・再生産する。

韓国が過去思考的国家であることは韓国の紙幣に登場する人物だけ見ても分かる。日本と比較すると、この点はますます目立つ。日本の紙幣を見てみよう。1000円券の人物は細菌学者「野口英世(1876〜1928)」だ。梅毒菌である「スピロヘータ」培養研究を通じて世界的に認定された。5000円券の人物は女流小説家「樋口一葉(1872〜1896)」である。女性の生と苦悩を描いた秀作を発表した。10000円券の人物は「福沢諭吉(1835〜1901)」である。啓蒙思想家として近代化の象徴的存在だ。

2024年からは紙幣デザインが変わる。新しい1000円券の人物は近代日本医学の父と呼ばれる「北里柴三郎(1853〜1931)」である。ペスト菌を発見し、世界初の破傷風菌培養に成功した。5000円券の人物は女性教育の先駆者「津田梅子(1864〜1929)」である。日本最初の女性留学生として「津田塾大学」を設立した。10000円券の人物は日本資本主義の父と呼ばれる「渋沢栄一(1840〜1931)」である。第一国立銀行東京証券取引所一橋大学東京経済大学理化学研究所など多様な企業と学校、研究所を設立した。

現在、あるいは時期日本紙幣の人物は科学者が2名であり、小説家、啓蒙家、教育家、実業家が格1名である。全員19世紀中盤に生まれた。併せて24歳で亡くなった「樋口一葉(1872〜1896)」を除くと、20世紀初めに生涯を終えた。大部分が20世紀に活躍した。日本紙幣の人物たちが象徴するのは「近代化」あるいは「開化」と見ることができる。

韓国紙幣1000ウォンの人物は「李滉(1500〜1570)」という性理学者だ。5000ウォン券の人物も「李珥(1536〜1584)」という性理学者だ。10000ウォン券の人物は「世宗(1397〜1450)」という王である。50000ウォン券の人物は「申師任堂(1504〜1551)」という女性芸術家だ。性理学者が2名で王と女性芸術家が各1名ずつである。科学者と技術者は皆無だ。

性理学者は孔子孟子の教えを根本とする学問である。朱子学ともいう実用的な学問ではなく、主に心・仁・義・礼・智・情など哲学的概念を扱う。朝鮮の500年(1392〜1910)は成理学で始まり、性理学で終わったと言っても過言ではない。性理学の理論の解釈方法などをめぐって葛藤と反目もまた絶えず続いた。これにより15世紀中盤から勲旧派、節義派、士林派、清談派という4つの派閥ができ、権力闘争が展開された。この過程で反対派の攻撃で禍を被り「士禍」が発生した。戊午士禍(1498年)、甲子士禍(1504年)、己卯士禍(1519年)、乙巳士禍(1545年)が相次いで発生し「剖棺斬屍」などの血生臭い政治報復が続いた。権力闘争の末に士林派が最終的に生き残った。

10000ウォン券の李滉(1500〜1570)と5000ウォン券の李珥(1536〜1584)は性理学理論の解釈差異でお互いに対立した。李滉は四端(惻隠、羞悪、辞譲、是非)と七情(喜怒哀楽愛悪欲)がそれぞれ別の概念として存在すると主張する一方、李珥は四端が七情に包含される概念だと主張した。結局、16世紀後半に士林派は李滉の性理学理論に同調し東人派と、李珥の性理学理論に同調した西人派で分裂した。東人派はさらに南人派と北人派に分裂した。

1659年に孝宗が死亡した時、母親(趙大妃)が何年間喪服を着るのが性理学の礼法に符合するかをめぐって南人派と西人派が対立した。南人派は孝宗が王位を継承したため長子と認定されるので、母親は3年間喪服を着なければならないと主張し、西人派は王位継承とは関係なく孝宗は仁祖の第二王子として、決して長子の礼を適用することができないので、母親は1年間喪服を着なければならないと主張した。
論争の末に西人派の論理が優勢で、孝宗の母親は1年間喪服を着ることになった。

1674年には孝宗の妃が死亡し、孝宗の母親(趙大妃)の喪服着用期間をめぐって再び南人派と西人派が激突した。南人派はいくつかの名分を立てて1年を主張し、西人派は別の名分を立てて9ヶ月を主張した。甲論乙駁を通じて今度は南人派の論理が優勢となり孝宗の母親は1年の間、喪服を着ることになった。

その後、西人派は老論派と小論派に再度分裂し、老論派は再び時派と僻派に分裂した。朝鮮の指導層は性理学理論と政治的性向によってこのような形で分裂を重ね、時間が経つにつれて性理学は鎖国と衛正斥邪などの時代錯誤的退行を合理化する理論的な背景として存在した。

性理学・朱子学に向ける朝鮮の病的な執着をよく見せてくれる事例がある。1876年、朝鮮修信使一行が発展した日本の姿を視察する目的で訪日したときのことだ。日本帝国初代博物館長であり駐米日本大使を歴任した哲学者「九鬼隆一」は朝鮮修信使一行と言葉を交わしたが、修信使代表の金綺秀は事あるごとに性理学と朱子学に言及した。これに「九鬼隆一」は金綺秀に「貴国(朝鮮)の学問は全てにおいて朱子学だけを敬うのか、それともその他の学問も敬うのか?」と聞いた。これに金綺秀はこのように答えた。

「私たち朝鮮は500年の間、朱子学だけを敬ってきた。朱子を破る者は乱賊という罪目で処断した。国法が厳重で、上下貴賎が朱子だけを敬ってきたのみだ」

性理学・朱子学を信奉した学者を2名も紙幣の人物に選定した今日の韓国人立ちは、朝鮮の滅亡が性理学・朱子学に対する病的な執着によるという事実をいつ自覚するのだろう?申師任堂(50000ウォン券)と李珥(5000ウォン券)は親子関係であり、李滉(1000ウォン券)はこれらと同時代を生きた。世宗(10000ウォン券)はずっと以前の人物だ。4人の出生年度を平均すると1484年になる。平均死亡年度は1538年だ。15世紀後半に生まれ、16世紀中頃に生を終えたことになる。日本紙幣の人物たちが19世紀中頃に生まれ20世紀前半に生を終えたのに比べて4世紀(400年)も過去の人物だ。

10000ウォン券の世宗はハングル(朝鮮の文字)を作ったという理由で韓国人から相当な尊敬を受けている。しかし、奴婢がひどい目にあったとき、主人を告訴できる法的権利を剥奪した奴婢告訴禁止法(1422年)を作った人物が世宗である。併せて、従母法(1432年)というものを制定し、妻が婢である場合、夫がたとえ良人でも子どもたちは無条件に奴婢となるように作り、奴婢の増加をもたらしたのも世宗だ。これにより17世紀中頃の朝鮮の人口約1200万人中30〜40%が奴婢に転落した。当時の首都漢陽の戸籍を見ると、大半が奴婢身分であった。

10000ウォン券紙幣の裏には渾天儀というものが印刷されている。表の人物の世宗(1397〜1450)と同時代に活躍した科学者蔣英實(1390〜1442?)が同僚らとともに制作した天文時計の一種だ。蔣英實は朝鮮に帰化した中国人男性と官妓であった朝鮮人女性の間に生まれた。母親が官妓であった場合、父親の身分に関わらず娘は官妓となり息子は官奴となるのが当時の朝鮮の法だった。このように蔣英實は賤しい身分だったが、科学的才能を認められ1423年、王室の物品を制作し修理する「別坐」という官職に上ることになった。後々、渾天儀をはじめ水時計日時計などを制作することで科学分野で大きな活躍をした。

韓国が蔣英實のような科学者を紙幣の人物として選定していたら紙幣人物の性理学者偏重も防ぐことができ、「科学を重視する韓国」というアピールも可能だっただろう。しかし中国人と官妓の間に生まれた点を勘案すると「体面」と「名分」を重視する韓国が蔣英實を紙幣の人物として選定する可能性はほとんど無いと考えられる。

1442年を最後に蔣英實は世宗実録など歴史記録から完全に消える。この頃に死亡したものと思われる。死亡経緯を知ると、朝鮮社会がいかに科学者と技術者を冷遇していたかが分かる。1442年に蔣英實は世宗が乗る安輿を制作した。ところで安輿は世宗が乗ってから10日後に壊れた。これにより蔣英實は不敬罪で官職を罷免され罰まで受けることになった。棍杖100台の罰が下された。棍杖は平たい棒を尻に振り下ろす刑罰だ。肉が裂けて抉り取られる。100台なら死刑宣告も同じだ。世宗はこれまでの功績を勘案し「棍杖100台」を「棍杖80台」に軽減する「恩赦」を施した。蔣英實は棍杖80台によって死亡したか、後遺症で死亡したものと推定される。

同時代を生きて悪縁で終わった世宗と蔣英實は600年後に10000ウォン券紙幣の表面と裏面という因縁でまた会うことになるとは夢にも思わなかっただろう。蔣英實が紙幣の人物として登場することが決定した理由は出生背景(中国人男性と朝鮮人官妓の子)のためではなく、事実は彼の死が科学者を冷遇して軽視する朝鮮の無知蒙昧から始まったという点を韓国人が隠したがるからなのかもしれない。

日本紙幣の人物たちが持つ共通点が「近代化」なら、韓国紙幣の人物たちが持つ共通点の一つは「奴婢」だ。10000ウォン券の世宗は奴婢告訴禁止法と従母法を作り奴婢制度の枠組みを設けた。お陰で50000ウォン券の申師任堂は実家から受け継いだ奴婢30余名を120名と4倍も増やすことができた。そして5000ウォン券の李珥ら申師任堂の子どもたちは母親が増やした奴婢たちを遺産として相続した。また1000ウォン券の李滉は360名以上の奴婢を所有した。このように長期間にわたって大規模に同族を奴婢にした朝鮮の非情な奴婢制度は人類歴史上類例が無い。

日本など世界の主要国が近代化と富国強兵に拍車を掛ける重要な時期に依然として性理学に固執して井の中の蛙になったのが朝鮮だった。性理学的礼を尊守し名分を掲げて喪服を着る期間さえ長子か否かを問い詰めながら論争に明け暮れた情けない国家がまさに朝鮮だったのである。

残念ながら今日の韓国もまた大きく変わらない。すでに終わった慰安婦問題に対して「憲法裁判所の判定が新しく出たため」、「大法院賠償判決が追加で出たため」、「被害者中心主義を実現しなければならない」などのクレーム形式の名分を作り続けながら問題を起こして葛藤を助長する。性理学的名分を掲げて対立と反目を繰り返した朝鮮時代の行いを21世紀にもこのように韓国がそのまま踏襲しているのだ。このような面で、今日の韓国は確かに過去志向的習性を持った国家と見ることができる。



趙甲濟ドットコム「紙幣の人物だけ見ても分かる韓国の過去志向的習性(紙幣의 人物만 봐도 알 수 있는 韓國의 過去指向的 習性)」より一部抜粋

朱子学に執着してるのかどうかは分かりませんけれど、深刻な人材不足ってことはよく分かりました。