韓国経済新聞社さん(中央日報さんによる訳)の記事からの引用です。
昨年韓国が日本との貿易で出した赤字は240億ドルで世界1位だった。輸入半導体装備の34%、高張力剛板の65%、プラスチックフィルムの43%を日本から輸入した。日本企業に対する過度な技術依存が韓国看板企業のグローバル競争力を損ねるという懸念も出ている。
(2019年5月16日 韓国経済新聞/中央日報日本語訳『「メイド・イン・ジャパン」なければ生産困難な製品多い=韓国
資本財を日本からの輸入に頼っている、という記事は定期的にあがってきます。
特に徴用工訴訟問題が本格化した頃から、一部のメディアでは危機感を持っていたようで、韓国の大企業がいかに資本財を日本に依存しているかを報じた記事が増えてきました。
この記事も似たようなもので、前半部分で例を列挙したあとに上のような結論部が出てきます。
ちょっと熱っぽいときにボ〜っと読んでいたのですが、どうもこの結論で「話が飛んだ」印象を受けました。
この記事の主張はつまり「日本依存の資材を国内製造できるようになれば、日本依存から脱し、グローバル競争力を高められる」と言っていることになります。
日本に資本財を依存していることと、韓国の看板企業のグローバル競争力とは関係ありません。
日韓関係が悪化することで、日本側が韓国企業に必須の資本財に対して輸出規制を掛けることで韓国経済へ大打撃があるかもしれない、という考え方ならできますが、そういう意味なのでしょうか。
貿易赤字とはなにか
輸出した金額と輸入した金額の差額を貿易収支といいます。
輸出が輸入を上回れば黒字に、逆に輸入が輸出を上回れば赤字になります。
貿易赤字とは、輸出した分より輸入した分の方が多い、という意味です。
これだけ見ると収入より支出が多いのだから「悪い」ことのように見えますが、実はこれ自体はそう悪いことでもありません。
米国を例に見てみます。
米国は世界最大の貿易赤字国
米国は毎年莫大な貿易赤字を出す国です。
2018年の貿易赤字は6210億ドル(約66兆8000億円)です。
ですが、GAFA+N(Google、Amazon、Facebook、Apple、Netflix)、Microsoftなどを中心としたIT産業、更に映画産業など米国のグローバル競争力の高さを疑う人はいないでしょう。
では、なぜ貿易赤字が発生するのか。
それは輸出をしていないからです。
輸入量を増やす要因
米国には日本人には信じられないような産業の空洞化があります。なにせまともな家電メーカーがありません。
テレビも白物家電も、主に中国・韓国のメーカー品を輸入しています。
これらの輸入は米国国内で消費される目的で輸入されるものです。
輸出量を減らす要因
一部のIT企業は家電を作っています。それにスマートホンやPCも作っています。
ですが、それらの生産ラインはほとんどすべて人件費の安い海外にあります。
具体的には、シャープを買収した鴻海(ホンハイ)のような生産ラインごと提供する下請け企業に製造を委託しています。
必要なときだけ動かせるインスタント工場です。
そうすることで工場の設備や従業員を自社で抱え込まず(面倒を見ずに)に済みます。
そうして完成した製品は、生産国から出荷されます。
わざわざ米国に輸入して、そこから再輸出なんでしません。
そのため米国の輸出としてはカウントされません。
つまり米国は製品を輸出していないのです。
日本企業は、海外に生産工場がある場合でも資本財を自国から輸出することになります。
その分は当然輸出にカウントされるので、米国ほど産業の空洞化が進んでいない日本は産業構造の違いから米国ほど貿易赤字を抱えないというだけの話です。
※海外の生産拠点に自国から資本財を輸出するスタイルの輸出製造業モデルを「先進工業国」と言います。
どうでしょう、このようにして見ると「貿易赤字≠企業の収益減」、「貿易赤字≠悪」ということが分かりますでしょうか。
国内の犠牲の上にグローバル競争力は築かれている
韓国の産業構造は日本より米国に似ています。
米国と違い、家電メーカーはありますが、ほとんど市場独占状態(寡占化)ですので、国内市場での競争はありません。
市場が寡占化されているということは、価格競争もありません。消費者の選択の余地もありません。
そうして国内市場で蓄えた資本でグローバル市場に攻勢を掛けます。
グローバル競争力を高めるために、一番簡単で最も効果的なのが コストカット(人件費削減) です。
技術力はある程度まで上がるとほぼ横並びになります。
最終的に製品を差別化出来るポイントは価格です。コスパの良さを武器にすることになります。
となれば当然、人件費の安い国が有利になるわけです。
中国や東南アジアの新興国に比べ、韓国の人件費は割高になります。
グローバル競争力を高めるためには海外に生産拠点を移す必要があるわけです。
それが直接投資という形で数字に表れています。
韓国対外直接投資の推移
年 | 金額(ドル) | 前年比(%) |
---|---|---|
2015 | 272億3063万 | +0.9 |
2016 | 352億4956万 | +14.2 |
2017 | 436億9635万 | +11.8 |
2018 | 497億8000万 | +13.9 |
※JETROより
対外直接投資が増えると対内(国内)投資は減ります。
国内の投資が拡大しないと、雇用は増えません。
「グローバル競争力の高い企業」というのは、必ずしも国民経済に貢献しているとは言えないのです。
しかし、韓国看板企業と呼ばれるサムスンなどの巨体が内需だけで生きていくことはもはや不可能です。
何がなんでもグローバル市場で生き抜いていかなければなりません。
そのためには国内市場から得た利益を国内経済へ還元(設備投資や給与)するのではなく、国外へ直接投資として流出させなければならないのです。
資材を国内製造できるようになると何が起こるのか
「海外に流出した雇用92万件…製造業回復すれば戻ってくる」という記事があります。
コストパフォーマンスの良さに依存してきた韓国企業が中国などに押され、人件費の安い国へ「脱韓国」している、という話です。
法人税を下げ、規制を緩和することでこれらの工場を呼び戻し、新産業分野(バイオ、未来自動車、非メモリー半導体)などへの投資を積極的に行うべし、としています。
言っていることは的を得ているように思えますね。
さて、韓国の貿易依存度の高さ、資本財の日本への依存度の高さは繰り返し指摘しています。
これらが国内製造できるようになると雇用は生まれるでしょうが、韓国のグローバル競争力は果たして上がるのでしょうか?
恐らく下がるでしょう。
輸出は伸びるでしょうが(韓国から生産拠点まで資本財を輸出するため)、資本財を作るのが韓国国内の製造業であれば、日本から輸入するのと対して変わらないはずです。
逆に、初期投資が必要な分、高く付くかもしれません。
そうなるとグローバル競争力を削ぐことになります。
もっと最悪なのは、雇用すら生まれない場合です。
製造自体は韓国の中小企業が行えるようになったとしても、生産工業を人件費の安い海外に作ってしまうというパターンです。
そうなると、中小企業すらも大企業と同じく、韓国経済に貢献しなくなってしまいます。