現代グロービスの貨物船事故の話

9月8日の午前2時(現地時間)頃、アメリカのジョージア州沖で貨物船の船体が大きく傾く事故が起きました。
その日の午後には完全に転覆し、船内では火災も発生し、一時乗組員が4名行方不明状態でした。
乗員は韓国人10名、フィリピン人13名、アメリカ人1名(水先案内人)の合計24名、全員無事救助されており、幸いなことに人的被害は0でした。
船の名前は「ゴールデンレイ」号、マーシャル諸島船籍(船の国籍)の船ですが、韓国企業である現代グロービス所有の船です。

本格的な事故の調査はこれからですが、韓国では既に「日本のせい」的な報道が見受けれらます。
というのも、一部報道で事故当時、日本の船舶が接近した、という未確認情報が出回っているためです。


はっきりと「日本のせい」と書いてあるわけではないのですが、米沿岸警備隊の広報担当が「(日本船舶による事故誘発の可能性について)その報道を聞いていない」とした上で、「通過船舶の近接近は間違いなく調査されるだろう」と述べるに留めたにも関わらず「当時、日貨物船近接航行の事実に注目..沿岸警備隊『関連性を調査する』」(聯合ニュース)と報じるなど、根底に「日本のせい」とする見方が込められているような恣意的なものを感じずにはいられません。


f:id:Ebiss:20190910160019p:plainf:id:Ebiss:20190910160014p:plain
左)ゴールデンレイ号 右)エメラルドエース号


中央日報やKBSの報道は更にあからさまで「ゴールデンレイ号、事故直前急旋回...日船舶避けようと転覆の可能性」と題した記事があります。


ですがこの記事、ちゃんと読んでみると、韓国のアトランタ総領事の開いたブリーフィングの席で記者からの質問として出てきた発言です。
船舶会社なり、沿岸警備隊なり、事故調査委員会なりの公式な見解ではなく、一記者が「そういう可能性はないんですか?」と聞いたというレベルのものです。(領事は「いくつか可能性があるだろうが、調査結果待ち」と答えています)


そんな中で、ニュース1の記事は比較的冷静だと感じました。
小見出し「複数の可能性が、現在は構造が有力」 とした上で、複数の事故原因の可能性について丁寧に説明されています。

以下、ニュース1の記事が指摘している5つの可能性を抜粋して和訳します。


船の構造的問題の可能性

事故が起きた海域は、水深が10mほどと非常に浅いことが分かった。ゴールデンレイ号は長さ200m、高さ36m、幅35mである。36mの高さのうち最大10.6mは水に沈んだまま運行が可能な船だ。もしゴールデンレイ号が最大10.6mほど沈んだ状態で運行をした場合、10mである海底にぶつかって動きが停止した可能性がある。


バラスト水の影響の可能性

しかし、水深が浅い海域では、船舶のバランスをとるためのバラスト水*1の重さが船の安全運行に問題になることもある。ある業界関係者は「運行地域によって規定が定められているが、水深が浅い海域の場合、バラスト水の重量によって船が底に近いまま運行することができる」とし「このような理由から、ゴールデンレイ号がバラスト水を必要以上に搭載していた場合、安全運行の脅威になった可能性がある」とした。

逆に出港時にバラスト水が必要量より少なかった場合、重い貨物が載せられた状態では、船の復元力に悪影響を及ぼした可能性もある。こうした状況で急激な進路変更を行うと突然傾くことがある。


日本船舶の接近による影響の可能性

目撃者のグレゴリー・ロバーツさんは「当時、巨大な二つの船が互いに通り過ぎていった後、ゴールデンレイ号が転倒した」とメディアに伝えた。出港したゴールデンレイ号の横を通り過ぎて入港した船の名前はエメラルドエースであることをメディアは伝えた。この船は、2012年に建造された長さ199.99m、幅32mの車両輸送用船とされる。所属は日本三大海運会社の一つである三井OSKだ。


水先案内人のミスによる可能性

水先案内人のミスも転倒の可能性の一つとして挙げられる。業界関係者は「世界のどの港に入出港するときも、現地の港に最も詳しい水先案内人が搭乗する」とし「このような理由で水先案内人が誤った可能性もある」と語った。


過積載は否定的

ゴールデンレイ号には、4200台の車両が積載されていたことが分かった。(中略)どの車種が具体的に積まれていたのかは分からないが、車両台数を見ると、過積載と見るのは難しい。


記事自体は非常に冷静に現時点で分かっている事実、可能性に言及しているに過ぎません。
が、この記事に付いたコメントは至極残念なものでした。
9月10日のお昼の時点で最も多く「いいね」を得ているものが「必ずチョッパリの蛮行を明らかにしなければならない」という主旨のものです。


ところで、目撃情報ですが、ソースのローカルニュースでは次のように報じられています。

「彼らは互いにすれ違う準備をしていましたが、うまくいかなかったのです」と、クラブマンとして知られる桟橋の長年の常連であるグレゴリー・ロバーツは語った。
入ってくる船は水路をクリアし、港への旅を続けることができました、とロバーツは言った。
「誰かが船が転覆した、という言うのを聞きました。そして、私は顔を上げてそれを見ました」と、ロバーツは言いました。「暗くて、ほとんど見ることができませんでした。でも、確かにそれ(船)は引っ繰り返っていました」
The Brunswick Newsより勝手に和訳


恐らく、グレゴリー・ロバーツさんの目撃証言は事実なんでしょう。
暗くてほとんど見えなかったにせよ、二つの船舶が通過し、その後にゴールデンレイ号が転倒した、と時系列に沿って事実を述べているのみで、そこに因果関係があるとは一言も言っていません。


聯合ニュースは「まだ事故の原因と関連して明らかになったことはない」としながらも、原因の可能性に関しては目撃情報以外について全く報じていません。
日本船舶の接近が事故を誘発した、を既定路線に行こうとしているように感じられます。


主に韓国側の記事を引用したので「事故原因」にフォーカスされてしまっていますが、前述の地元メディア、The Brunswick Newsでは、救助完了後の関心は事故原因よりも環境への影響や、転覆したゴールデンレイ号が水路を塞いでしまっていることによる弊害(入出港できない)の方が高いようです。

事故原因調査には通常、数カ月要しますから当然と言えば当然ですね。


*1:荷物の積み下ろしなどで重量変化があった際、船全体の重量を調整するために注入される海水の重しのこと。重心を下げ、復元性を高めることができる。起き上がりこぼしと同じ原理。