浮石寺による対馬仏像引き渡し請求訴訟、6年越しに1審判決を覆し観音寺に所有権を認めた話

2012年に対馬の観音寺から盗まれ、韓国の浮石寺が所有権を主張し起こした引き渡し請求訴訟。2審判決では観音寺の所有権を認め、浮石寺の請求が棄却されました。(2017年の1審判決では浮石寺の所有権を認めていました)

しかしまだ2審。原告側は既に控訴を決めています。最高裁判決はまた6年後とかでしょうか?

 



朝鮮日報の記事からです。

日本から盗んできた高麗仏像...大田高裁、1審覆し「日本の寺院に所有権」


(前略)

大田高裁民事1部(パク・ソンジュン裁判長)は1日、忠清南道瑞山の浮石寺が国家(大韓民国)を相手取って起こした流体動産(仏像)引き渡し請求控訴審の判決公判で「仏像の所有権は日本の寺院観音寺にある」として原告の請求を棄却した。これは浮石寺の所有権を認めた1審判決を覆したものだ。

(中略)

日本の対馬観音寺にあったこの仏像h2012年10月、韓国文化財窃盗犯によって国内に搬入され押収された。高さ50.5センチ、重さ38.6キロのこの仏像は1973年に長崎県指定文化財に登録され、現在大田国立文化財研究所に保管されている。その後、浮石寺は「1330年頃、西州(瑞山の高麗時代の名称)にある寺院に奉安しようと仏像を製作した」という仏像内の結縁文をもとに「倭寇に略奪された仏像を元所有者である浮石寺に返してほしい」と訴訟を起こした。

2017年1月、1審で裁判所は「倭寇が非正常的な方法で仏像を持ち出したと見るのが正しい」という趣旨で浮石寺側の手を挙げた。これに対して国家を代理して訴訟を引き受けた検察は「仏像と結縁文の真偽を明確にしなければならない」という理由で控訴した。

1審判決後、日本の観音寺側は昨年から被告側の補助参考人として控訴審裁判に乗り出し仏像の所有権を主張した。観音寺を創設した僧侶が1527年、朝鮮から日本に戻る際、仏像を譲り受けて持ってきたということだ。観音寺側は「(倭寇によって)略奪されたというが、誰がいつ略奪したのかも分からない」とし「たとえ略取されたのだとしても仏像が盗まれる前までの60年間占有してきたので取得時効が認められる」と主張した。検察は「日本にあった文化財を盗んできた事例であり、観音寺の取得時効が完成し所有権が認められるだけに法理的判断が必要だ」とした。

これに対して浮石寺側は「1352~1381年の間に5回倭寇の徐州侵奪時に仏像が奪取された」とし「観音寺側が略奪事実を知りながら仏像を無断占有してきたとすれば最高裁判例により占有取得時効が成立しない」と主張した。

2審裁判所は「観音寺側が1953年1月6日から窃盗犯によって仏像を窃盗される前まで所有していた点が認められる」として「民法によって観音寺の仏像取得時効が完成した」と判断した。続いて「仏像が不法搬出されたことでも占有取得原因になった事実関係の性質上、取得時効完成に影響を及ぼすことができず、これは韓国民法も同じ」とし「原告が主張する文化財保護法ユネスコ協約などは仏像の取得時効適用を排除する根拠にはなれない」と明らかにした。

裁判所は「ただし民事訴訟は単に所有権の帰属を判断するだけであり、最終的に文化財返還問題はユネスコ協約や国際法により決定しなければならない」とした。

(後略)



朝鮮日報「日서 훔쳐온 고려 불상...대전고법, 1심 뒤집고 “日 사찰에 소유권”(日本から盗んできた高麗仏像...大田高裁、1審覆し「日本の寺院に所有権」)」より一部抜粋

最後の部分は、「この裁判はあくまで仏像の所有権を巡る民事訴訟だからね。文化財返還問題については審議の対象になってないよ。別問題だよ」と言っています。
ユネスコ条約では「略奪文化財」は返還が原則になっていますから、それを指しているんでしょう。あくまで所有権は観音寺にあることを認めただけで、略奪かどうかは一切判断していません。