バイデンさんが「貿易障壁を解決する」と明言?「これは日本の輸出管理強化を撤廃させるという意味だ」との報道の話

バイデンさんが日本の輸出管理強化を撤廃させる、という趣旨の発言をしたという報道がごく一部で出ています。私が確認した限りでは、ニューシースと朝鮮Biz(朝鮮日報)だけです。その他の大手はどこもこの件を報じていません。(つまりそれだけ微妙な内容)

首脳会談後の合同記者会見でワシントン・ポスト紙の記者が、経済同盟を強化するというバイデン政権の目標を推進するために(日韓の)貿易紛争やその他紛争解決のために米国が果たす役割について尋ねました。
その回答で、バイデンさんが貿易障壁(trade barriers)という表現を使っていることは事実ですが、これを「日本の輸出管理強化」と解釈するにはかなり無理があります。
というか、実際の回答(英語)を読んでみてもボンヤリし過ぎていて、正直何を言っているのか分かりません。長い割に、後半は質問と直接関係のない話をしています。
バイデンさんの回答から私が読み取ったのは「慎重に検討します」です。(これについては後述)

 



まずはニューシースの記事からです。

バイデン、日の韓国輸出規制に狙い「日本の前任者貿易障壁を建設」


(前略)

バイデン大統領はこの日、韓米首脳会談後の共同記者会見で韓日関係の悪化に関する質問に「私が日本を訪問することになり、そこでも議論することになるだろう」とし「軍事的に緊密な3者関係を整えることが重要だと思う」と答えた。

バイデン大統領はそれと共に「貿易障壁のような事案がある」として「前任者たちが貿易障壁を立てたことがあるが、そのような障壁を打開できる方案を模索している」と明らかにした。安倍晋三元日本総理が韓国に対して輸出規制を強行したことを狙ったものと見られる。

(中略)

バイデン大統領が言及した前任者は安倍晋三元日本総理を意味するものと分析される。安倍元総理は韓国を相手に輸出規制を発表した人物だ。

(中略 ※日本の輸出管理強化から韓国のGSOMIA終了言及の流れに触れ)

このような状況でバイデン大統領が貿易障壁に言及し、輸出規制問題を解決できるかが注目される。バイデン大統領が日米首脳会談を通じて日本政府を説得し、輸出規制解除を引き出す可能性が無くはなさそうだ。

(後略)



ニューシース「바이든, 日의 한국수출규제 겨냥 "日 전임자 무역장벽 세워"(バイデン、日の韓国輸出規制に狙い「日本の前任者貿易障壁を建設」)」より一部抜粋

ニューシースのタイトルに「日本の前任者、貿易障壁を建設」とあります。バイデンさんがそう言ったかのように表記されていますが、これは嘘です。
ホワイトハウスのブリーフィングルームにこの時の問答の一部始終が文書で公開されています。
それによると、バイデンさんは

some of which, by the way, were placed by my predecessor
(そのうちのいくつかは私の前任者によって設置されました)

と言っています。つまり前任者とはトランプさんです。
「日本の前任者」と訳したのは、ニューシースの恣意的な(悪意ある?)解釈です。



 



もう一つ朝鮮Bizの記事からです。

「貿易障壁の解決」...慰安婦合意の助力者バイデン、強制徴用問題も解決するか


ジョー・バイデン米大統領が21日、韓米日協力の重要性を強調し、「貿易障壁を解決する」と明らかにした。韓米、米日間には特に問題になっている貿易障壁が無いという点で、日本が2019年に実施した対韓国輸出規制を指すものと解釈される。この問題は強制徴用損害賠償判決のために持ち上がったという点で、2015年に「韓日慰安婦合意」の助力者であったバイデン大統領が仲裁の役割を果たせるか注目される。

(中略)

バイデン大統領は貿易障壁がどのようなものを指すのかは説明しなかった。しかし「前任者期間」という発言から推測し、ドナルド・トランプ元大統領とムン・ジェイン元大統領、安倍晋三元日本総理在任期間である2019年7月にあった日本の対韓国輸出規制を指すものと見られる。
バイデン大統領はインド・太平洋経済フレームワーク(IPEF)を構成し、韓国と日本を含む国々と半導体などサプライチェーン協力を強化しようと考えている。ところが、日本が韓国に半導体素材の輸出を規制しているということはIPEFの趣旨に反する。

(後略)



朝鮮Biz「“무역장벽 해결”…위안부 합의 조력자 바이든, 강제징용 문제도 푸나」より一部抜粋

貿易障壁というなら、韓国による福島県水産物の輸入規制も同じ扱いになると思うのですけれど、なんで日本にだけ撤廃要求してくれると思うのでしょうね。

日本の輸出管理強化が強制徴用判決の報復だ、というのは韓国の一方的な主張であり、日本としては韓国に輸出された戦略物質が行方不明になっているという言い分があります。バイデンさんの返答の真意はよく分かりませんけれど、行方・使途をハッキリしてもらうのが先ではないでしょうか。
それに、記事の指摘するように日本の輸出管理がIPEFの趣旨に反するのであれば、IPEF参加は全てホワイト国に指定すべきという話になってしまいます。IPEFだろうがなんだろうが戦略物質は輸出管理の対象であるべきでしょう。

それにしても、「私の前任者により(by my predecessor)」と言っているのに、なんでそれがトランプさんではなく、トランプさん(+ムンさん、安倍さん含む)の「前任者の在任期間(during my predecessor)」にスリ変えられて解釈されてしまうのか不思議です。

また、この記事でおかしな部分は2015年の慰安婦合意が「成功」していることを前提にバイデンさんの仲介の可能性を論じている部分です。
実際は、慰安婦合意で「問題は解決した」という立場を取っているのは日本だけで、韓国は合意の有効性は認めているものの、追加措置を求めている状態で、とてもじゃないですが「成功」とは言えないでしょうに。

「韓国のために日本を叱ってくれる(甘え)」を前提にしているから、言葉をそのままの意味で捉えず、こんなウルトラ解釈をすることになるんでしょうか。


最後に、記者の質問と、実際にバイデンさんが返した言葉を引用しておきます。

 

【記者の質問】 You are here in the region to promote the United States economic cooperation with South Korea and Japan. But the two countries have been locked in a trade dispute, on top of their bilateral relationship deteriorating for a number of reasons over in recent years.
So, what kind of a role would the United States play here in resolving those and other disputes so that your administration can further your goal of — of bolstering your economic alliance with the region?
(あなたは韓国と日本、米国の経済協力を促進するためにここにいます。しかし最近、さまざまな理由で二国間関係が悪化している事に加え、両国は貿易紛争に巻き込まれています。
それで、政権が地域と経済的同盟を強化するという目標を推進するために、これらの紛争やその他の懸案を解決する上で米国はどのような役割を果たしますか?)

【バイデン大統領の回答】
The answer is that we discussed that in generic terms. The fact is that I’ll be going from here to Tokyo and discussing this as well.

I think it’s critically important that we have a very close trilateral relationship, including economically as well as — as militarily. And I think you’ll see that there are ways to deal with some of the trade barriers that were placed — some of which, by the way, were placed by my predecessor, which we’re — we’re looking at very closely right now. So, I think there’s a lot of room to move.

In addition to that, if — you know, I think you covered the fact that I spend a lot of time with the ASEAN nations, as well as the Quartet. There’s — there’s a whole range of — things have changed. There is a sense among the democracies in the Pacific that there’s a need to cooperate much more closely — not just militarily, but in terms of economically and politically.

And so, we talked in — at some length about the need for us to make this larger than just the United States, Japan, and — and Korea but to the entire Pacific and the South Pacific and the Indo-Pacific.

And I think this is an opportunity. You know, you’ve heard me say it a hundred times — I’m sorry to the American press to repeat it — but I really do think we’re at an inflection point in world history. Things are changing so rapidly. I think you’re seeing that — what you’re going to see more of is this is going to be competition between democracies and autocracies. And I mean that sincerely. And, unfortunately, I think I’m being proven to be correct — not just here, but around the world.

And again, we talked at length about — this is a — not only just regional, but it’s also a global alliance, in effect, of how we’re going to respond.
And I don’t mean a formal written alliance. But, for example, if you notice, Korea and Japan have both stepped up in support of Ukraine. You find that in — the Quad is supporting Ukraine.

So, there’s a whole range of things that affect whether or not democracies can be sustained in the midst of this incredible change that is taking place. We both agreed that it could and should be and that, together, we can play a major part in having that done.

(答えは、一般論として議論したということです。実際、私はこれから東京に行き、この件についても議論するつもりです。
軍事面だけでなく経済面も含め、3カ国の間で非常に緊密な関係を築くことがとても重要だと考えます。そして設置された貿易障壁の一部に対処する方法があることも分かってもらえると思います。ちなみに、その一部は私の前任者が設置したものですが、私たちは今、非常に慎重に検討しています。ですからまだ動ける余地は多くあると思います。
加えて、私がASEAN諸国やQuartetと多くの時間を過ごしていることはご存知と思います。様々なことが変化しています。太平洋地域の民主主義諸国の間では、軍事的な面だけでなく経済的、政治的な面でもより緊密に協力する必要があるという意識があります。

そこで私たちは米日そして韓国だけでなく、太平洋や南太平洋、インド太平洋全体を視野に入れた協力体制を構築する必要性についてかなり長い間話し合ってきました。

そしてこれはチャンスだと思うのです。何度も言うようで、アメリカのマスコミには申し訳ないのですが、私たちは今、世界史の転換点に居ると考えます。物事が急激に変化しているのです。これからは民主主義国家と独裁国家の闘争が起こるでしょう。私は本心からそう思っています。残念ながら、私が正しいことを証明しているようです、ここだけでなく世界中で。
これは地域的なものではなく、事実上、世界的な同盟であり、私たちがどのように対応していくかということです。

正式な文書による同盟ではありません。例えば、韓国と日本はウクライナへの支援に乗り出しました。クアッドはウクライナを支援しています。
このように、起こっている驚くべき変化の中で民主主義を維持できるかどうかには様々なことが影響しているのです。私たちは民主主義を維持することは可能であり、またそうすべきであり、そのために私たちは大きな役割を果たすことが出来る、ということで合意しました)

 

正直、私には質問の答えになっていないように思います。
あえて言うなら質問内容(日韓の仲裁役としての米国の役割)への答えは「慎重に検討します。出来ることは十分あります」かな、と。どう思われますか?